上座と下座のビジネスマナーQ&A
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徳川将軍と関白の上下関係大河ドラマの「葵 徳川三 …

2009年08月10日 Q.質問
徳川将軍と関白の上下関係大河ドラマの「葵 徳川三代」を観ていて「本当かな?」と不思議に思ったことがあります。将軍秀忠は、将軍就任時には関白を上座にして丁重に応対していました。ところが、しばらくすると関白を下座にし、関白も「上様」などと秀忠にへつらっていました。さらには上洛しているのにわざわざ伏見城まで関白を呼びつけたりしています。実際のところ、位階では徳川将軍が下でも、関白は「上様」と呼び、将軍は「関白殿」というような感じだったのでしょうか?何かの本で読んだのですが、幕府は天皇と将軍を対等、摂家と徳川三家を対等に見ていたとあったのですが(文書の宛名の敬称とかで)。
2009年08月10日 A.回答
関白も征夷大将軍も令外官でそれだけでは位の上下は決まらないのです。徳川秀忠が将軍職(1605/5/1)を継いだときには彼の官位は正二位内大臣兼右近衛大将ですが、時の関白は近衛信尹の官位は従一位左大臣、関白の方が上です。しかし、1614年には秀忠の官位も従一位右大臣に上がり、関白と同格になりました。1626年には太政大臣になり朝廷においての臣下のトップの位置につきます。当時の関白は内大臣とか、右大臣の位ですから、秀忠より位が低いので、呼びつけても問題ないのです。
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